2011/11/04

SPREAD WORDS

先日渋谷道玄坂にオープンしたヒサビサの大箱VISIONに行ってきました。

その日はCALMの年に一度のワンマンライブがMIXMASTER MORRISをフューチャリングで開催されました。入り口はとても小さいのですが、中に降りるとメインのフロアはかなり天井が高く、雰囲気でいうとUNITに近いカンジがしました。まだ他にも二つフロアがあるらしいのですがこの日は開けていなかったようです。多少入り組んだ作りになってるので間延びせず長居できそうないい雰囲気のハコだと思います。 

さて自分が到着した時はMORRISがまだプレイ中でした。日曜の夕方という時間帯のせいかゆるめの選曲でしたが、なにしろ自分が一番楽しんじゃってるのが一目瞭然で、微笑ましいのですがフロアの音が良くなくあまり音楽に入り込めなかったのがちょっと残念でした。

さてそんなこんなでいつもの4人のメンバーがステージに登場。CALMのリラックスしたオープニングMCでライブはスタートしました。




もう何度も彼のライブは見てますが、やっぱ何度見ても素晴らしいです。彼の真骨頂はまさにライブではないかと。昔の曲も最近の曲もまんべんなく絶妙のタイミングとアレンジで演奏され、しかもいまやかなりその名が知れてきた脇を固めるメンバーの、ライブならではのスリリングな音と感情の抜き差し。ここ最近のライブのVJを担当しているOVERHEADSの映像効果も相まりとても完成度が高い極上のエンターテインメントでした。

CALM師
SAX加藤君 息子は元気かな
鍵盤柴田 グンソク王子
ベース杉本さん 黙ってればイケメンです


さてこの日は別件の用事があったのでちょっと早めにと思ったのですが、そんな自分を見抜いているかのようなマイフェイバリットチュ〜ンの連発に、帰りたくても帰れない状態がしばらく続き、そんな中で演奏されたのがSHINING OF LIFEでした。以前このBLOGでも紹介したのですが、やはりこの曲がかかり大盛りあがりするフロアを見ると最近は涙腺が緩んできます。この曲はやはりミラコーだったと思います。多分こんな歌詞は二度と書けないし、当時のメンバーや関係者の熱と勢いがこの曲に宿ってしまったのではないかと思います。リリースは2004年でした。もう7年も前になるんですね。いろいろ思い出します。

で歌詞なんですが、以前はCISCOのサイトで対訳も掲載していたのですがもう一度このBLOGで再掲載したいと思います。

今の状況に妙にシンクロしてくる気がして自分でも驚いています。もちろん書いた当初は将来こんな状況になるとは夢にも思いませんでした。が何しろ最近自分自身に結構響いちゃってますw

そしてこの曲には実はPVがあって、チェックしたらなんとYOUTUBEで発見したのでそちらも合わせて掲載します。監督はなんとアーリーです!

ミラコー連発のこの名曲。NOW IS THE TIME!



IT'S THE DAY OF THE SUN
THERE ARE SMILES EVERYWHERE
THE JOY HAS JUST BEGUN
SAY GOODBYE TO ALL YOUR CARES
THE BRIGHTEST GREEN OF THE TREES
THE SWEETEST YELLOW OF THE FLOWERS
HIGHER THAN THE SKY
DEEPER THAN THE SEA

YOU'RE THE LIGHT OF THE WORLD WHERE WE CAN LIVE TOGETHER
HOW IT ARRIVES, NO ONE KNOWS
YOU CAN SEE IT IN YOUR MIND
THE SUN, IT'S SHINE FOR US
WAITING, DREAMING, STILL THEY STAND
LOOK AROUND, FOCUS AND FEEL
SEE THE SHINE OF THE WORLD
IT'S FREE
 
IT'S THE DAY OF THE STAR
PEOPLE STARE DAY AND NIGHT
A GENTLE BREEZE IS BLOWING THROUGH
SHAKING LEAVES AS IT MOVES
NEITHER OF THEM NEEDS WORDS
AS THE HOUR HAS GROWN LATE....
CLOSE YOUR EYES AND FEEL THE BREATH
REALIZE TOGETHERNESS

YOU'RE THE LIGHT OF THE WORLD WHERE WE CAN LIVE FOREVER
YOU KNOW HOW IT'S GONNA BE
CAUSE WHERE YOU ARE YOU SEE
THE SUN, IT'S SHINE FOR US
WAITING, DREAMING, STILL THEY STAND
LOOK AROUND, FOCUS AND FEEL
SEE THE SHINE OF THE WORLD
IT'S FREE
 
WHAT YOU SEE, WHAT YOU TAKE, WHERE YOU GO, WHAT YOU MAKE
YOU CAN DO WHAT YOU DESIRE
OPEN THAT DOOR IT'LL GET YOU HIGHER
SIGHT IS YOURS, CHOICE IS YOURS, SPACE IS YOURS, TIME IS YOURS
GET A GRIP ON ALL YOU NEED
OPEN THAT DOOR IT'LL MAKE YOU FEEL
 
TAKE A WALK ON THROUGH THE DOOR
THE ROAD WILL LEAD YOU TO THE PLACE
WHERE YOU'LL BE SHOWN THE KEY OF LIFE
WITHIN THE SHINE OF THE WORLD
 
WHEN YOU'VE LOST HOW TO FEEL
IT'S GONNA MAKE YOU LOSE YOURSELF
MAKE YOU FEEL THAT NOTHING'S REAL
IS THIS WHAT WE GET FOR FREE?

ONE MORE DAY, ANOTHER STORM
NO ONE' THERE
HAVE THEY ALL GONE?
POURING RAIN, RAGING WIND
IT SOAKS YOU TO THE SKIN
 
YOU'RE THE KNIGHT, YOU'LL SAVE THE WORLD
WHERE WE CAN MAKE IT, LIVE TOGETHER
YOU KNOW HOW IT'S GONNA BE
CAUSE YOU SEE YOURSELF LIVIN' FREE

REMEMBER THE DAY OF THE SUN
THERE WEAR SMILES EVERYWHERE
THE JOY HAD JUST BEGUN
SAID GOODBYE TO ALL YOUR CARES
THE BRIGHTEST GREEN OF THE TREES
THE SWEETEST YELLOW OF THE FLOWERS
HIGHER THAN THE SKY
DEEPER THAN THE SEA
 
YOU'RE THE LIGHT OF THE WORLD WHERE WE CAN LIVE TOGETHER
HOW IT ARRIVES, NO ONE KNOWS
YOU CAN SEE IT IN YOUR MIND
THE SUN, IT'S SHINE FOR US
WAITING, DREAMING, STILL THEY STAND
LOOK AROUND, FOCUS AND FEEL
SEE THE SHINE OF THE WORLD
IT'S FREE


太陽に溢れた日
周りは皆笑顔で
これからはじまる
心配はぬぐい去って
美しい木々の緑
鮮やかな花々の黄
空よりも高く
海よりも深く
 
あなたは世界の光
そこではみんな一緒
誰も気づいてなくても
あなたにはわかってる
太陽は私たちのために輝く
立ち止まり夢を見て見回して感じて
これが世界の輝き
それは自由


星に溢れた日
ずっと見つめ合う人々
やさしい風が吹き
木々の葉をも揺らす
言葉はいらない
夜が更けるにつれて
目を閉じて吐息を感じて
一緒だと実感して

あなたは世界の光
そこではみな永遠
あなたにはわかってる
あなたには見えているから
太陽は私たちのために輝く
立ち止まり夢を見て見回して感じて
これが世界の輝き
それは自由


あなたが
何を見ようとも
どこに行こうとも
何を受け取り
何を生み出そうとも
あなたの望むどおりに
そのドアをあければ
あなたはさらに高く

あなたが見たもの
選んだもの
空間も
時間も全て
あなたのもの

大切なものを離すな
そのドアをあけるとあなたは気づく
その先へと続く道はあの場所へとあなたを導く
それは光に満ちたこの世界の鍵

何もかもがわからなくなってしまった
あなた自身も見失い
真実なんてどこにもない
これが自由のために手にしたものなのか


突然の嵐
誰もいなくなった
皆何処へ
降り注ぐ雨 荒れ狂う嵐
体の芯までしみこんでいく

あなたは騎士 あなたがこの世界を救う
そこではみな一緒 なんでもできる
あなたにはわかっている
あなた自身が自由だとわかっているから


太陽に溢れた日だった
周りは皆笑顔だった
これからだった
心配はぬぐい去った
美しい木々の緑
鮮やかな花々の黄
空よりも高く
海よりも深く

あなたは世界の光
そこでは皆一緒
誰も気づいてなくても
あなたにはわかってる
太陽は私たちのために輝く
立ち止まり夢を見て見回して感じて
これが世界の輝き
それは自由

2011/10/27

SPREAD SONG

岡村靖幸 / 家庭教師 / EPIC 1991



今まで自分はダンスフロアでくらってしまった経験は多々あるのですが、印象深くそして今でも心の拠り所にとまでは大げさですが、そんな体験のお話を。

もうかなり前になるのですが、並木橋にFEELというクラブがありました。特にDJが誰とかどんなパーティーとかの下調べはしないで、何の気なしに友人達と連れ立って行きました。
いい感じで酒も回り小粋にステップを踏みつづけていたのですが、ふとものすごくなじみのあるフレーズが聞こえてきました。その瞬間今まで感じたことのない驚きと歓喜が湧き出しました。それはPRINCEのEROTIC CITYという曲で、自分にとっては密やかな宝物のような曲だったのですが、今まで自分の生活の一部としてひっそり寄り添っていたものがいきなりクラブで、しかも他のアンダーグラウンドミュージックに混じって突然その曲が降りてきて、周りのみんなもどんどんマッシブに踊り始めたのを目の当たりにして、それまでの自分のクラブ感が一変したのでした。例えるなら未踏の大地で突然親友に出会ったようなそんな衝撃だったのです。当時は自分にとってクラブ、そしてDJというのは向こう側な存在だったのですが、その距離が一気に縮まり、もしかしたら自分もDJできるかもしれないとはっきりイメージできた瞬間だったのでした。

でこのアルバム。

これだけ音楽の持つ喜怒哀楽や魑魅魍魎、そして自分の思い入れが詰まった作品はそうはないのですが、ラストのペンションという曲を最近DJの時にかけます。そしてこの曲をかけた時こそ自分にとって最高の音楽体験なのであります。積年のあらゆる感情が入り乱れた究極の公私混同ですが、それこそが本当のDJの醍醐味だと思うのです。

FEELで降りてきたパーティー道の道しるべが鮮やかに何度でも蘇ります。


最近復活した岡村ちゃん。

もう一度このミラクルを起こせたなら、何度捕まっても一生ついていきまっせ!

2011/10/14

SPREAD SONG

かなり更新に間が開いてしまいました。

まあこういう時もありますよね。もう少ししたらちょっと落ち着きそうなんで新ネタでも探してみます。

もう終わってしまったマイパーティーSPREADの告知もできてなかったんで、記念に今回のフライヤー等を。


                                                               KEI, TAKASHI & MICK
 
                                                  KEIKOさま かっこよかった〜
 



そしていよいよ今月末デビュー決定です。ばっちりメイクできるようにがんばりますよ〜^^


そして最後に、先日友人RYOTAのBLOGスタート記念に作成した久しぶりなMIXがアップされました。期せずしてかな〜りDOPEな内容になってしまったのが自分でも驚きです。眠れない雨の深夜のお供にでも是非どうぞ。。

 special thanx 2 榊原商店

2011/09/20

SPREAD TALK

あっという間にシルバーウイークも終わりました。
新作Tシャツのデリバリーも順調です。常に笑いに溢れているのがとても喜ばしいです。

さてこの連休中に行われた代々木での反原発デモ。今回はなんと6万人の方々が集まったようです。国立競技場が満員で6万人。すごい数の方々です。これに対しての各メディアでの報道は様々なようですが我が東京新聞は何ページも割いてこの出来事をレポートしていました。中でも密着ルポが秀逸の出来だったのでそのまま掲載してみたいと思います。

P.S. またしてもまさかのミラコーが。。。 



2011年9月20日 東京新聞より

「さようなら原発」集会・デモ 密着ルポ

「原発いらない」「子どもを守れ」ーシュプレヒコールが都心の空の下に響き渡った。作家の大江健三郎さん、ルポライターの鎌田慧さんらが呼びかけた十九日の「さようなら原発5万人集会」とデモ行進。予想を上回る六万人の市民が集結し、「脱原発」を後退させた野田政権に「ノー」の民意を突きつけた。その一部始終を。(佐藤圭、小倉貞俊)

11時30分
集会場所の東京、明治公園。勤労者の音楽団体「日本音楽協議会」メンバーが会場隅で、デモで歌う脱原発ソングを練習。常任理事の坂口美日さん(五一)は「自分たちの思いを表現したい」と意気込む。

12時25分
女子中高生アイドルグループ「制服向上委員会」がステージ上でサウンドチェック。「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」を披露すると、会場が一気に華やぐ。

12時45分
福島県からの参加者が入場。のぼり旗には「怒 福島隊」「子どもを守れ!」の文字。
「小中学生の孫三人は、今も外で満足に遊べない」と福島市の主婦(六五)

13時5分
沖縄音楽をルーツに活動する「寿」がオープニングコンサート。

13時25分
約四十人の画家やデザイナーがステージ上で、自作の脱原発ポスターを掲げる。

13時30分
開会。呼び掛け人らが五分ずつ発言する。トップバッターは鎌田慧さん。高揚した様子で「集会を成功させることができた。これまでの集会の一つの結節点であるとともに、これからの出発点だ」。

13時40分
大江健三郎さんも脱原発を主張。やり玉に挙げたのは、石原伸晃・自民党幹事長の発言だ。
「イタリアの原発に関する国民投票で反対が九割を占めたことに対し、集団ヒステリー状態になるのはわかると言った。イタリアでは、人間の命が原発によって脅かされることはない。しかし日本人は、これからさらに原発の事故を恐れなければならない。私らはそれに抵抗する意思を持っているということを、想像力を持たない政党幹部や、経団連の実力者たちに思い知らせる必要がある。そのためには何が出来るか。私らには民主主義の集会や市民のデモしかない。しっかりやりましょう」


13時45分
経済評論家の内橋克人さんは、超党派の地下式原発推進議連の動きについて「核武装が可能な潜在力を持ち続けようとする政治的意図だ」と指摘する。

14時
ドイツの環境団体代表のフーベルト・ヴァイガーさんが「脱原発はできるかできないかではなく、政治的にやるかやらないかの話だ」。

14時10分
俳優の山本太郎さんが登壇。「3・11以降、僕の人生も変わった。生きたいと思った。自分一人で生きてもしょうがない。世界中の人が生きていかなければならない。それには原発を一斉に停止するしかない」。山本さんの音頭で、会場中が「原発反対、子どもを守れ」のシュプレヒコール。

14時20分
「ハイロアクション福島原発40年実行委員会」の武藤類子さん(五八)が涙をこらえながら、原発事故から半年を、「逃げる、逃げない、食べる、食べない、、、。日々いや応なしに決断を迫られた」と振り返る。

14時25分
明治公園のデモは、三ルートに分かれて代々木公園方面に向かう。記者は、明治公園南側〜代々木公園(NHK側)までの約四キロのルートに参加。先ほどまでの好天が曇り空に変わった。

14時35分
大江健三郎さんたの呼び掛け人を先頭に、デモが出発。ところが、殺到した報道陣が脚立を並べて取り囲んだため、行列が進まない。「危ない」「前を開けて」と怒号が飛び交い、カメラマン同士の小競り合いも。主催者が拡声器で「五万人が控えてるんですよ」と声を張り上げる。

14時50分
先頭車両が「さよなら原発、命が大事〜」とシュプレヒコールを上げ、ようやく盛り上がり始める。千葉県銚子市から長男(二つ)と参加した主婦(四十)は、「この子の将来のためにも、何かできないかと思って参加しました」。

15時
外苑前の交差点で、信号待ちの先頭集団と後続が切り離され、五十メートル以上の距離が開く。参加した五十代男性が「離しすぎだろう」とぼやく。

15時20分
再び太陽が照り始め、汗が噴き出す。青山通りでは、いくつにも寸断された集団が思い思いにシュプレヒコールを上げ、盛り上がりはまちまち。沿道では手を振る通行人もいる一方、無関心層も。男子校生二人は顔を見合わせ「こんなことをやっても何も変わらないんじゃん。」

15時35分
先頭集団が表参道に入る。原発事故で福島市からさいたま市に転居を余儀なくされた小学五年、木村萌々さん(一〇)は、弟(六つ)とプラカードを掲げながら「みんな暖かく応援してくれてうれしい」とにっこり。


15時45分
神宮前交差点で、日の丸を掲げた和服姿の集団が「今日は敬老の日。お年寄りをねぎらう日です」と街頭演説を始める。デモのシュプレヒコールと競い合う格好になり、警備の警官が慌てて演説を中止。集団の一人は「別に邪魔したわけじゃないです」。

16時10分
山手線のガードをくぐり、東京電力のPR館「電力館」だった建物を通過。ハロウィーンの魔女に扮した五十代女性は「よくもずっと、電力館はうそばっかり宣伝してきたものですよね」とあきれ顔だ。


 16時45分
外苑前の交差点で、山本太郎さんが、信号をわたってくるデモ参加者一人一人に握手をしていた。山本さんは「ここは信号待ちが長いので、疲れてる人を励まそうと思って。でも、僕も勇気づけられてますよ。頑張ります」。

16時55分
秩父宮ラグビー場前では、ちょうど明治大ー筑波大戦の観客があふれ出て、混雑していた。デモの参加者は「ひとごとじゃないです。参加しましょー」と呼びかけていた。

17時5分
このルートの最終集団がようやく出発。最後尾にいた千葉市の自営業男性(四九)は「二時間ぐらい待って少し疲れたが、気合いは十分。うそを塗り固めても制御できなかった原発なんて、全く必要ない」と怒りをにじませた。

18時30分
最終集団が代々木公園に到着し、このコースのデモは終了。辺りは真っ暗だ。主催メンバーの高田健さん(六六)は「予想以上の参加者で、沿道の人のムードも良かった。一人一人の『原発反対』への思いが、確実に広がった気がします」


              会場には忌野清志郎さんの写真も(19日午後1時53分)

2011/09/02

SPREAD COLLECTIONS 2011AW

9月になりました。
おかげさまで先日あの湘南物語が無事1周年を迎える事となりました。
去年の今頃は病院でのたうち回っていたことを思うと光陰矢の如しですね。
本当にあっという間でしたが、それでもいろいろなことがありましたよ。

そのひとつがTシャツプロジェクトの再始動でありました。

以前からお見知りおきの方々はご承知だと思いますが、以前ワタクシはsimplifeというレーベルを主宰していました。Tシャツだけでなくデニムやらアウターやら量的には少なかったですがフルアイテムを発表していて、コレクションとしては4シーズンほど活動しました。諸事情によりsimplifeの活動を休止してはや数年。また何かのきっかけで洋服制作にチャレンジしたいという気持ちは兼ねてからありました。そんな折での先日の事件。好きな事が出来なくなるという現実に直面し、まずは心身の健康の大事さの再確認、そして出来るのに何故やらない!?という強い気持ちが芽生えました。そして退院後の再出発を固く心に誓ったのでありました。

退院後サンプル作りに着手し、紆余曲折のなかようやく完成。さあこれからお披露目!というタイミングで東北関東大震災が起こりました。そんな状況で新作Tシャツを見てくださいとはとても言えずに悶々とした時期もありましたが、それでもなんとか、ようやく今回の作品が世に放たれるときがやってきました。

今回のアートワークは新作ではありません。全て以前simplifeで発表したアートワークです。そして自分が作った作品の中でもマイフェイバリット3種です。

今更な気もしますがもう一度今回のアートワークの説明をさせていただきます。


まず"PAGE"は、言うまでもなくLED ZEPPELINEのギタリスト、JIMMY PAGEです。彼らの伝説のライブとなった1979年ネブワースでのショットから引用しました。デビュー当初から彼らのキモであった超絶ライブ(3〜4時間は当たり前^^)も活動後期になると、メンバーの衰えが顕著になりまた様々な困難や不幸が重なり、もう彼らは終わったという風評がもっぱらでした。そんな中でのこのライブ。全盛期を思わせる程の演奏のキレ、そして様々な困難に直面したからこその円熟味や重さをもブレンドされたこのライブは、まさに神が宿ったと言える程の素晴らしいライブでした。

彼らの再復活のファンファーレが高らかに鳴らされ、さあこれからという時に突然に悲劇が訪れました。ドラマーJOHN BOHNAMの事故死。このライブが期せずしてまさかのラストライブになってしまったというのも彼らの伝説たる所以でしょう。

"BONZO" はそんなJOHNへのオマージュです。


このアートワークは彼らが自家用ジェットで世界を転戦している最中に撮られたオフショット。どんな夢を見ているのでしょうか。大酒飲みだった彼は夢など見ずに、豪快ないびきを立てて爆睡してたでしょう。SONG OF HOPEのフレーズは前述ですが、彼らのライブ "THE SONG REMAINS THE SAME" から引用。名曲 "天国への階段" 演奏前に、ROBERT PLANTが曲紹介として呟く一言です。STILL REST IN PEACE, JOHN .....

最期の"JACK" はネタはどこかに逝ってしまいました。もう特に説明はいらないですね。こんなカンジです^^イエイイエイ☆


こんな愛すべき3兄弟がいよいよ本日手元に届きました。

早速デリバリーをスタートさせます。

今回のコレクションを展開してくれるお店はまずは浜松のSLOW PORCHさん。

友人の紹介で今年5月に行われたDJ HARVEY@ 浜松PLANET CAFEでお会いした佐藤さんのお店です。サンプルを見てすごく気に入っていただけたようで、こちらでは全型ご覧にいただけます。

その他あんなお店やこんなお店でも展開予定ですので、決定次第またお知らせ致します。

それでは皆様SPREAD3兄弟と共にステキな秋をお過ごしください^^

2011/08/27

SPREAD PICS

              Mr Takaya Nagase @ ハイタイラヴォ on Aug 20,2011

2011/08/19

SPREAD WORDS

先週末のSPREAD 2011 SUMME RPM無事終了しました^^

SACHIHO女史のたおやかなハウスグルーヴも信念の強さを感じましたし、なによりタカヤのセットが素晴らしかった!また今回も今まで聞いた事ないカンジで、ここまでくるともう末恐ろしささえ感じますね。彼は今週土曜に浜松、そして23日には仙台でもプレイするので、お近くの方は是非!

さて先日掲載して各地で好評を頂いたウッドストックレポの後編です。詳細は現在の野外パーティーとあまり変わらない気がしますが、やはりそれが40万人のそれと想像するとちょっとものスゴすぎますね。 しかも40年前ですからね。そもそも今の野外パーティーの礎となったウッドストック。映画も是非見てみてください。


では!






1969年10月号
ぼくも40万人のひとりだった
ウッドストック音楽祭に参加して

成毛滋



そんな調子ですからこれはもう音楽会というよりは、ほんとうにもうお祭りなんです。バカ騒ぎですね。
集まった連中は大体十五、六から二十二くらいの年齢かな。みんなヒゲはやしたり髪を長く伸ばしたりしてるから歳なんかわかんない。
黒人もいましたけどニューヨークなんかと違って差別とか偏見とはか全然ないです。
みんなすごく親しくなっちゃって、パンでも水でもなくなると隣にいる人が分けてくれます。頼まなくてもボクの瓶が空になってるのを見ると、水をやろうかといって自分のを半分くれるんです。もちろん全然知らない人です。ただ隣に座ってるというだけで。。。一口かじったパンを回してまた一口食べると隣の人に回したり、水も回し飲みしたり。。。。そういうのは黒人でも日本人でもまったく同じです。大きな瓶に入った水を知らない人で回し飲みするのは気持ちよくないですけど彼らはみんな平気ですね。


予想を遥かに超えてすごく大勢の人が集まっちゃったもんだから、パンなんかたちまち売り切れです。それでヘリコプターで何度もホットドッグを運んでました。ホットドッグを売り始めるとすぐに長い行列ができる。なにしろ食いもんはホットドッグとコーラくらいしかないんですから。。。それで行列してさんざん待たされて結局売り切れて買えなかったりするんですが、別に文句も言いませんね。行列作って二時間でも三時間も待つのなんかみんな平気です。


それからトイレですけど、組み立て式みたいな公衆便所を大きなトラックで運んで来るんです。地面に穴を掘ってその上に小屋を乗っけるような式の。。。それが汚くなるとつぶしちゃってまた新しいのをもってきます。そのトラックの上に乗せた便所の上にも大勢のヒッピーが乗っかって来ちゃうんです。


医者なんかも全部タダです。
ずっと後ろのほうでトラックの上の屋根に乗って双眼鏡で見ていた人が、雨で足がすべって落っこちてケガをした。その人はドロンコで血まみれになって医者のところへ行って、ドロンコで血まみれのまま包帯を巻いてもらって、タダでやってもらったって大喜びで帰っていきましたよ。
なにしろパトカーの屋根まで見物人が乗っちゃってるんだから。。。。
テントや寝袋を持って来てる人はまだいいけど、何も持たない人は地べたにそのまま寝ちゃったりする。車があると誰の車だろうがお構いなしにその下にもぐりこんで寝てます。


LSDなんてずいぶんやってましたね。
警察も手に負えなくなって、もうほったらかしにしてました。「死んだって知らねぇぞ」なんちゃってね。もう公然とハシシやLSDを売ってる人がいるんです。ハシシが5ドル。でもハシシもマリファナもニセモノが多く吸っても全然効かない、なんて言ってる人もいました。マリファナをタダでやろうという人もいたけど、雨で濡れたからダメかもしれないよなんて言うからもらわなかった。ニセモノを吸って死んだ人もいるとかいうハナシでヤバくってね。
それから大抵の人が男の子と女の子でカップルになっちゃってた。ぼくんとこに来た女の子もいたけど、なにしろヒッピーの女なんて一週間も風呂に入ってないから、臭くてかなわないんで逃げ出しました。





フェスティバルが開かれたウッドストックというのがどんなところかもう少しお話しましょう。
会場に使われたのは、人里離れた牧場だか農場だかとにかくすごい田舎です。そばに牛もいました。夜になるとデッカい蚊がどんどん飛んできます。水を汲もうと思ったら、山を二つ越えたところにある農家までもらいに行かなきゃならないんです。


夜は冷えるのでみんな火を燃やして当たってます。寝袋を持ってるのはよっぽど用意のいい奴で、地べたにボール紙などを敷いてその上に寝てる人のほうが多かったですね。
でも会場に入れた40万の人はいいほうかもしれません。遅く来た人は会場に入れなくて、道がギッシリつまったために引き返す事も不可能だし、とうとう道路にテントを張ってそこで三日三晩暮らしてそのまま帰っちゃった人もたくさんいるわけです。来た人の3分の2入れなかったというくらいで、結局ハイウェイに80万人の人が三日間立往生したってことですね。
そんなぐあいで、まったく交通がストップしてしまったので、出演者も楽器やアンプや食糧なんかもみんなヘリコプターで運んだ訳です。とにかく道路の上はずっと人、人、人。。。という状態です。


そうそう、その道路で赤ん坊が生まれたそうですね。会場の中でもひとり。合計二人生まれたらしいです。それから死者も二人。プラスマイナスゼロというわけ。


3日のフェスティバルが終わっても交通がそんなんだからなかなか帰れない。大勢の人があと何日かとじこめられたままになったらしいですけど、だいたいすぐ帰ろうなんて気もないんですよ。中にはここは気に入ったからあと一週間ぐらい住んでようなんて言ってるのもいましたから。泥んこのままでね。


でもとにかくみんな音楽のすごく好きな連中ばかりです。ギターも持って来てる奴も多く、ステージがやってない間は自分達でブルースなんか弾いてました。


ステージで音楽をやってるときはみんなとても熱心に聞いてます。一曲終わるとすごい拍手なんです。ステージの上で出演者が何か話してると、遥か後ろのほうまでみんなでステージと受け答えなんかしてます。音楽が鳴りだすとみんなリズムに乗っちゃって、体を細かく動かしてるんですね。
とにかく40万人が全員乗っちゃってユサユサと動いてるって感じ。そりゃすごいもんですよ。