2011/08/11

SPREAD THE PARTY





えーここ数日の激暑のおかげですっかり夏気分を取り戻しましたが、いよいよ今週末にせまった2001 summer's anthem SPREADのお知らせを!


前回は落合SOUPの協力のもとかな〜り濃厚な初出張プレイでしたが、今回は再びホームbonoboに再上陸しての開催であります。

そしてゲストもヒサビサにお二方を迎えます。

まずはナガセタカヤさん。

彼とは自分がロンドンから帰国してすぐくらいに出会っているのでもう長いのですが、何しろ彼ったらその後しばらくしてすぐニュ〜ヨ〜クに旅立ち現在に至ります。

以前からいろいろな機会で書き散らかしているのですが、DJというのはやはり完全に才能の世界であります。自分でも認めたくない部分もありますが、いくらレコードを持ってようがパーティーエキスペリエンス(以下PE)が多かろうが骨を折ろうが、いいDJかどうかと言うのはまた違う次元の話であります。
考えすぎてもダメだし考えなくてもダメだし、技術は必要だけどテクニックだけじゃ踊らせられないし。ホンットにえらい世界に足を踏み入れてしまったなあと最近若干の後悔も感じてしまう程です。

ではいいDJとはなんぞや?というと答えは単純で、老若男女をロックできるかどうか。それに尽きると思います。そして佇まい。要するに安心して委ねられるかどうか。後は音楽を聴いて踊るという人間の有史以来の単純な日常活動を、どれだけ非日常に転化できるか、ようするにトランスっちゅーことかもしれませんが、そいつを可能にできるかというのがやはりDJとしての才能だと思います。

自分の身の回りにも若干ながらその域のDJがいますが、タカヤは間違いなくその一人であります。昨年彼が帰国した際にはノリで浜松、豊橋、そして横浜ともうおっかけ状態で彼のプレイを体感しましたが、すべてが異なる印象ですばらしかった。こんな人はなかなかいないのではないでしょうか。
最近ではLOFTクルーとも親しくしていて、ということはすなわち世界最高峰のラヴ☆サイケデリコパーティーに携わっているっつーことですからそれもまた納得と言いたい所ですが!先ほども述べた通り、PE の数イコールDJのスキルでは決してないので、やはりタカヤがスゲー!ということになっちゃいますね。確かにニュ〜ヨ〜クに行く前から彼のDJは素晴らしかったもんな〜。。

そしてもう一人のゲストのSACHIHO女史。

彼女とは知り合ってそう長くはないですが、まあいいDJかどうかは一回会って聞けばわかりますもんね。彼女は例えるなら"B2の魔女"。すなわちレコードのB面2曲目に収録されてそうな激シブチュ〜ンを丹念に紡ぎそれをグル〜ヴへと昇華させるセンスと音楽愛に満ちた方であります。何しろ同世代なんでそのあたりの曲の話題になるといつもキャピってしまう愛らしい関係であります。

さあ!もう楽しみになってきましたね!

今年の夏の心のベストテンを決めにきてくださいね^^


SPREAD vol.10
"2011 SUMME RPM"

2011/08/13 (SAT)
with
TAKAYA NAGASE (SOUNDMEN ON WAX / NY)
SACHIHO (RELEASE IT! / S)
&
KEI (MIST the party / DL)
yosh de perm (SPREAD / TRIP)

venue : bonobo/渋谷区神宮前2-23-4
open : 22:00
No entrance fee

"PLAY IT LOUD"

2011/08/09

SPREAD THE SPIRITS


 ジョー山中さんが亡くなりました。
Amy Winehouseに続き偉大なロッカーの相次ぐ死。

一時期日本のニューロックをちょいちょい追っかけていて、その時に出会ったのが彼が所属していたFlower Travellin' Bandでした。

                         ファーストアルバム ANYWHERE

デビューアルバムでいきなり当時リリースされたばかりのBLACK SABBATHやKING KRIMZONをカバーするという驚愕のセンスにヤラれてしまい、次のSATORIではそれまで欧米との比較が基準だった日本のロックシーンで、国籍を超越したしなやかな激情を見事に表現しきり国内外で大きな評価を受けました。この二枚は今聞いてもまったく古びておらず、それどころかその当時の日本の状況(40年前!)を考えるとさらにその輝きが増して来る気がします。

                                                                      セカンドアルバム SATORI


実は自分は3年くらい前に一度だけジョーさんとお話ししたことがありました。友達が仲良しで紹介してくれて、「フラワーズ最高です!なんか今スゴい盛り上がってますよね!」と言ったら、「30年かかったよ。」と言っていたのが今でも強く心に残っています。

2年前に再結成をして、さあこれからというタイミングでの今回の訃報。

偉大な先輩の功績は永遠に不滅です。合掌。



P.S.こんなフライヤーを作ったことも思い出しました。。。。。

2011/08/03

SPREAD WORDS

先日音楽評論家の中村とうよう氏が亡くなりました。
お住まいが立川だったということで感慨深いのですが、先日彼が手がけていたMUSIC MAGAZINEのスペシャルエディション1を入手しました。これは1969〜1974年までのMUSIC MAGAZINEN掲載された記事をまとめたものなのですが、その巻頭があのウッドストックのおそらく日本人で唯一体験した成毛滋氏によるレポートでした。
とても興味深い内容だったので紹介します。 


1969年10月号
ぼくも40万人のひとりだった
ウッドストック音楽祭に参加して

成毛滋



ウッドストックというのはニューヨーク州のベースルという街にあって、ニューヨーク市からハドソン河ぞいに北に約九十マイルの距離です。
 はじめサンフランシスコでチラシを見てぜひ行きたいと思ったんですが、交通機関が何もないというのでどうしようかと思いました。その後、ロスでもニューヨークでも、至る所にチラシが置いてあったり、ビラが貼ってあるのが目に入るし、ラジオでも毎日のようにスポットを流してすごい宣伝なんです。
ニューヨークで会った若い連中は、みんなオレも行く、オレも行くって言ってる。こりゃすごいらしいぞってことが、だんだんわかってきました。


結局、ヒッチハイクでしか手がないわけです。ぼくもウッドストックに行くのはどうやって行っていいのか、いろんな人に聞いて回ってたら、たまたまある洋服屋のオジサンが、オレも行くから手伝うんなら一緒に連れてってやるというのを見つけて、アルバイトをかねて行く事にしたんです。
そのオジサンは、夜は僕たちと一緒にそのトラックの下に、地べたにボール紙を敷いて毛布をかぶって野宿です。ほんとにそのオジサンも楽しんじゃってるんです。なにしろ寝る所なんて全然ないんですからね。
その会場に着くまでの道も大変です。ニューヨークから三時間半ぐらいのところなんですが、道が混んでノロノロ運転。「ウッドストックに行こう」なんて横腹に描いた車いっぱいいて、それでもイライラしてケンカするどころかみんなすぐ仲良くなっちゃって、Vサインを出し合って、中には横に止まってる車の窓から手を伸ばしてジュースなんかくれた人もいましたよ。
Vサインですか?あの人差し指と中指を立てるやつですね。もともと「ビクトリー」(勝利)の意味ですけど、いまはヒッピーたちの連帯の意思表示に使われていて、知らない人同士、道ですれ違ってもVサインを見せ合えば親密になれるわけです。音楽会でもお客さんと演奏者がVサインを出し合ってます。

ぼくたちが出発したのが音楽会の始まる前日、つまり十四日の木曜日の夜。七時か八時ごろだったかな。その晩会場の少し手のバンガローのある所まで着いて、そこで一泊しました。そして十五日の朝、会場に向かったんですが、たった三マイルのところを一時間以上かかりました。
会場に集まってくるヒッピー達はほとんどが歩いてくるんです。ハダシでヨレヨレになって。毛布とか荷物なんかかついだりしてね。車が来ると、その上に何十人も乗っかって屋根の上まであがっちゃって、ヒッチハイクっていってもすごいんですね。
会場のすぐそばまで来ると、水溜まりがあるんです。池とか湖っていうよりも泥沼ですね。ヒッピーたちは何マイルも汗みどろになって歩いて来るもんだから、沼まで来ると、「ワンダフル!」ってんで服なんか着たまま飛び込んじゃうんです。しばらく泳いでからまた出てきて、ズブ濡れのまんま歩き出す。全裸で沼に入った人もいました。
何しろ昼間はすごく暑いんです。

そこを過ぎてちょっと行くと会場なんですけど、入り口は車でいっぱい。入れません。係の人が整理してるけどとてもさばききれなくて、ほとんどの人が払わずに入っちゃった。入場料は一人一日七ドルなんですけどね。
一応柵がありますけどみんな乗り越えて入っちゃう。主催者側ももうサジを投げたかっこうです。なにしろ始めの予定ではせいぜい五〜六万人程度だろうと思っていたのに、一日目だけで二十五万人も来ちゃったんだから。。。

そこから中に入ると、もうひとつの国みたいな感じですね。
僕たちは十五日のお昼頃に会場に入ったんですが、もういっぱいの人です。ステージをまだ作ってるうちからそのまわりを取り巻いてるんです。ステージが見えるようなところまでは全然近寄れそうにないんで、会場の脇で店を広げました。僕たちの洋服屋のほかに、ホットドッグ屋、コカコーラ屋、アイスクリーム屋、アクセサリーとか指輪、ペンダントなんかの店、いろいろ出てました。洋服はよく売れましたね。何でも二ドルの大バーゲンセールですからね。

十五日は四時ごろから始まったんですが、ステージは全然見えません。スピーカーがそこらじゅうにあるので音はよく聞こえましたけど。。。
この日の出演者は、ジョーンバエズ、アーロガスリー、ティムハーディン、リッチーへヴンスなど、フォーク系が多かった。夕方六時ごろだったか、ラヴィシャンカールのシタールの演奏の途中で雨が降りだしましてね。すごいドシャ振りなんです。もちろん雨宿りするところなんで全然ないんですけどみんな平気でそのまま濡れてます。シャンカールは途中でやめちゃうんじゃないかと思ったけどすごく乗っちゃって、やっぱりビショ濡れになったままで延々と弾きつづけましたよ。



演奏は午後四時から午前四時まで十二時間ぶっつづけです。雨のほうも朝まで降り続けました。下が赤土だもんでそれが泥んこになっちゃってすごいんです。みんなそこに座り込んだまま平気ですね。そのときはいてたズボンが泥んこになって選択しても落ちないんです。

夜はステージだけすごいスポットライトで照らしてました。あとはもちろん電灯なんかありません。まっ暗です。懐中電灯かマッチの火ぐらいですかね。でもどういうわけだか、同じ懐中電灯をみんな持ってましたよ。そしてステージのほうで、何か言いながら懐中電灯を上にあげたりするとみんな上にあげるんです。

二日目の十六日、土曜日は午後一時からで、ジャニスジョプリン、ジェファーソンエアプレイン、キャンドヒート、クリーデンスクリアウォーターリバイバル、マウンテン、サンターナ、ザ・フーなど。そして最終日の十七日、日曜日は、ジェフベックグループ、ブラッドスウェットアンドティアーズ、クロスビースティルスアンドナッシュ、テンイヤーズアフター、ジョニーウインター、ザ・バンド、ジミヘンドリクスなんかがプログラムにあがってました。

実はぼくは日本に帰る飛行機の関係があってゆっくりしてられなかったんです。というのはあんまり大勢の人が次から次へと会場につめかけるんで、警察が道路を封鎖しちゃうっていう話を聞いたんですよね。そうなるといつここから出られるかわからなくなってしまう。そうなると困るんで十六日の午後、ニューヨークの方へ帰る車があるということなのでそれに便乗して、そのうえ六マイルも歩いてやっと帰れたんです。三日目をすごく楽しみにしてたのにほんとに残念だったんですけど、そういうわけで二日目の途中までしか聞けませんでした。
帰る時ステージのそばを通ったら、クリーデンスらしいのがやってました。

出演予定者は大体予定どおり出たらしいんですが、ジミヘンが出たという話は聞きませんでしたよ。
ステージのわきを通ったとき見たら、ステージの上にもすごくスピーカーが並んでた。それから関係なさそうなのが、ステージの上をウロチョロしてたり。。。ステージのすぐ横に全裸の男がひとり、前を向いてボサーっと立っていてまる見えなんだけど、みんな全然気にしてなかったな。男も女も、すっ裸の人はかなりいたけどみんな平気ですね。


続く

2011/07/25

SPREAD SONG

PHYSICAL GRAFFITI / LED ZEPPELIN / SWANSONG 1975 ( CLASSIC RECORDS 2006)


説明不要のモンスターバンドLED ZEPPELINの活動後期にリリースされた2枚組アルバム。レゲエ風味やらブギー風味やらそれまでの彼らよりさらに多様な音楽性が詰め込んであります。で今回このアルバムを今更ながら紹介したのは、アルバムの内容もそうですが写真右下に燦然と輝くステッカーにあるのです。

そう!CLASSIC RECORDS

何しろこのレーベル、拘りがハンパないことで世界中のオーディオファイルの支持を得ています。音源は本家レーベルから借用した当時のマスターテープを使用し、ジャケットやインナースリーブまでオリジナルを忠実に再現。さらに200gの激厚ヴァイナル仕様!で、実際の音ですがこれがもう衝撃!リマスタリングではなく元々のマスター音源を復刻させているんで、当時スタジオでなっていたであろう音の塊が空気感を伴って再現されます。なんで例えばファーストの音は当時の予算の関係かそんなに良い音ではなかったりするのがまたリアルです。でそんな中音の臨場感がダントツなのがこのアルバムです。何しろもう彼らのほとばしる汗と血肉がスピーカーから飛び散ってくるようで、聞くだけでこっちもグッタリ。なかなかこんな体験できないですよネ☆

他にもBLUE NOTEの名盤をな、なんと4枚組でリリースしたり、極めつけは夢のようなこんな企画をしでかしちゃったりでホントに流石アメリカ人のスケール感ハンパないッス。。

自分がDJするときにかけるツェッペリンはほとんどはこのレーベルもんなんで、いつか耳にしたらその音に是非ヤラれてみてください☆

2011/07/19

SPREAD CHOICE


 先日ふとしたタイミングで昔のフライヤーの整理をしてました。

「嗚呼。。」

思い出と妄想の大海原で大航海中に発見したのがこちら。
確かCISCOでピックしたものなのでかなり昔のものですが、調べてみたらまだありましたこのサイト


ワタクシとしてはやはり2nd スクラッチに胸を打たれた次第であります。

皆様の心に沁みますように。。。

2011/07/14

SPREAD THE SPIRITS


例年にない早いタイミングでの梅雨入り&明けでしたが皆様健やかに過ごされているでしょうか。

さて先日あの大震災から丸四ヶ月が過ぎました。まだまだ復興の夜明けとまではいかないでしょうが、自分達の世代がこの現状をどう捉え今後に引き継いでいくかを考える機会になるのではと思います。残念ながら親の世代との意識や価値観の断絶を感じざるを得ない最近です。

さて先日多くの皆様のご協力いただいた東北大震災チャリティーTシャツの、その後の経過をお知らせしていませんでした。大変遅くなりましたがご報告をさせていただきます。

話は4月にさかのぼります。いただいたオーダーをまとめ、その総額から製作代、送料等の諸経費を除いた金額は合計¥30482になりました。当初はこの使い道を赤十字へと考えていたのですが、どうやら被災者の方々に届くのはかなりの手間と時間がかかるとのニュースを聞いたばかりでした。さてどうしたものかと思案していた矢先に、古くからの友人で現在盛岡でMOTHERというDJバーに携わっているMARYさんのツイットを目にしました。そこにはこれから被災地(陸前高田)に向かって直接被災者の方々への援助に向かうので協力が必要であるとの旨でした。彼女は盛岡在住です。ある意味彼女も我々からみたら被災者です。それでも彼女達は自分達以上に助けを必要としている人たちへその手を差し伸べているのです。これも何かのタイミングかもしれないと思った自分はMARYさんに連絡を取り、まず4/26に彼女に¥15.000を送りました。そして残りの¥15.482はいずれまた何かのタイミングで被災者の方への支援に回せたらと思っています。そんなに大きな金額ではないですが即座に支払いが可能なお金なので、MARYさんの再支援活動へかもしれないし、他の何かへかもしれません。

悲しいかな「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のが人間です。しかし長期戦であるのは初めから承知の上です。引き続きできることを続けていきましょう。

皆様のSONG OF HOPEに心より感謝致します。


P.S. MARYさんの支援活動のレポートがこちらのサイトに掲載されています。

2011/07/01

SPREAD BOY

七月になりました。
先月は何しろ忙しくなかなかこのblogを更新できませんでした。
スタートして数ヶ月。何事もそろそろこのタイミングで本領が発揮される時期だと思います。引き続き日々digしていきたいと思います。

今回は先月の数々のパーティーでの傑作写真の中でもブッチギリの一等賞KAYA先輩の勇姿&明日行われるパーティーの紹介をさせていただきます。 

HARVEYきたよ〜〜!
I WANT IT♪
YOU WANT IT♪
I GOT IT♪
I LOVE IT♪

 父親TSU→のかけるLocussolusでガン踊りする息子。涙で前が見えませんでした。。。



明日です!こちらもひとつよろしくお願いします!夢子師匠とうたかたな時を過ごしましょう。。。